昨晩久しぶりに会う友人と飲んだ際に、
学生の頃に一緒に行っていた旅行の話になった。
基本的にその友人と僕は”ノープラン”をモットーとした旅が好きで、
とりあえず集合した後、「では今回は北へ」とか「南へ」など
方向しか決めず、ホテルも目的も決めないままに
ただ突き進むという旅を繰り返していた。
これは一見不安定な要素しかなく、グダグダな旅になりがちだと思われるが、
なかなかどうして、毎回上手く行く。
あるときは、偶然長野県の奈良井宿を発見し、人の温かみと大自然に触れ、
※因みにここでは、リアルにスタンド・バイ・ミーのような
見渡しのよい場所にある線路上を歩くことが出来る。
ほんとはダメかもしれない。今は。
またあるときは、石川県の千里浜なぎさドライブウェイという
砂浜をクルマで走れる素敵スポットを見つけたりした。
ノープラン、最高である。
これは、どうせ旅など、毎回予期せぬことが起こるのだから、
最初から計画など立てなければ良い、といった類の話から始まったわけではない。
不確定で、不安定な要素を率先して楽しみに行こう、という趣旨のものだ。
ま、男二人だけだからできたものだろうけど。
認知的不協和を利用したコピー
さて、さすがは酒の席。旅行の話から
心理学、そしてデザインの話へと発展していく。
「認知的不協和」という概念がある。
これは、人が自身の中で矛盾する認知を同時に抱えた状態、またそのときに覚える不快感を表すもので、
人はこれを解消するために、自身の態度や行動を変更すると考えられている。(by wiki)
認知的不協和は行動のトリガーとなるもので、広告でもすごく重要だと考えられています。
例えばこういうコピー、
「顧客満足度は上げるな」 「こういう方は、買わないでください」 「努力に逃げるな」
誰でも似たようなものを一つは見かけたことがあると思います。
人は、一般的な常識を覆されると、心理的なバランスが崩され、
このバランスを取り戻そうとするため、手に取ったり、続きを読んだりする傾向があります。
つまり、安定を無意識に求めてしまう。
ノープランとは真逆の心理。
不確定要素のあるデザイン
では広告やWebsiteなどにおける”見た目”のデザインに関しては、
バランスの悪い、不安になるようなもののほうがよいのか。
否! これはもちろん良くないでしょう。
そんなもの作る意味が分からないし、そんな馬鹿な話はない。(一般的に)
とはいえ、特にWebsiteにおいては
日々更新されるもの、常に情報量や提供するコンテンツが変化していくものなので、
ユーザーとともに変化していくような部分があると思う。
日々新しい施策が動いていく中で、
毎回予定調和的にコトが進むとは限らず、
決してそうなることもないと思います。
ユーザーのコンテクストを設計する中で、
逆に、変化しやすい部分、変化できる余地を残しておく、
ということも一つの有効な選択肢として考えられるのでは。
全てがガチガチに組まれたものだと、
窮屈な印象を与えてしまう恐れがあるかと思います。
いくら自然にやったとしても。
皆が求める”安定”とは少しベクトルが変わってしまう。
何というか、
変化できるよう設ける余地でさえ
計算の上で置くことだってありますが、
この余地というのは、本来的な意味で
ほっと息をつけるような、ほっこりできるような場所として
与えておくのがいいんじゃないかと。
所謂”大人の余裕”ってヤツです。
余裕な不確定余地。
そういった不確定な要素が、コンテンツの価値を作るよう
昇華していく気がしています。
どこから始まって、どこで終わるのか明確に定義しなかったり、
なんかフラクタル的なものだったり、中心のないリゾーム的な構造とか
無限に続くようなものを見せられるのはWebの特性だと思います。
こういった”ならでは”のものを利用し、且つ少し”放置できる”というWebに、
予期せぬ何かを期待する、ノープランも、たまにはいいかな、なんて思ったりする。

